2016年05月30日

櫻井翔、去り行く親友に感謝「一人だけじゃ、ここまでやってなかっただろうな。」




嵐・櫻井翔さんがジャニーズ事務所のオーディションを受けた日、米花剛史さんも同じ場所にいました。
ジャニーズ事務所に入所した二人は、お互いに高校が近かったこともあり、
「翔ちゃん」「パナ」と呼び合う仲ほどの仲に発展。
放課後などもよく遊んでいたそうです。

米花さんといえば、ダンス!
彼のダンスは事務所内でも定評があり、
少年隊主演のミュージカル『PLAYZONE』や堂本光一さん主演『Endless SHOCK』など、
ジャニーズの主要舞台には欠かせない存在でした。


しかし、櫻井翔さんら同期が次々デビューしていく中、デビューの話がない米花剛史さん。。。。。

そんな時、日本に大きな衝撃が走りました。
2011年3月東日本大震災。

この出来事が米花さんの転機となりました。


『Endless SHOCK』で共演の堂本光一さんが米花さんについてこんな発言をされました。
「(今年の)SHOCKの千穐楽(4月30日)のあと、楽屋に米花が来て『やめるつもりです』と…。前々から考えていて、昨年の震災で公演が中止になり、やり残したことを今年やろうという思いがあったそうです。そのときは、自分の人生だからもう1回ゆっくり考えて最終決断しな、と答えました」

そして、米花剛史さんは、30歳の誕生日を前にジャニーズ事務所を退所、芸能界を引退されました。


親友の櫻井翔さんも米花にこんなメッセージを残しました。


「先日、大親友と話している時のこと。事務所に入って16年半も経っていることに気付きました。一人だけじゃ、ここまでやってなかっただろうな。たった一人だけじゃ、楽しくもなかっただろうな。16年半だって。本当にお疲れさま」

お互いに進む道は違っていても、支え合っていた16年半だったのですね。


2012年7月末に事務所を去った米花さん。
神奈川県川崎市に「BooBoo Liv.〜生ソーセージとお酒がおいしいお店〜」というお店をオープンしました。

お店のオープン時にはKinKi Kidsの2人はもちろん、親友の櫻井翔さんからも開店祝いのお花が贈られました。

毎日たくさんの客で賑わっていたようですが、残念なことに閉店することになってしまったそうです。
米花剛史さんの新たなるステージはどこでしょうか?

気になりますね。。。。
できれば、もう一度舞台で踊る米花剛史さんを見てみたいのはわたしだけでしょうか。。。。。。。




posted by hanseesaa at 22:11| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月20日

相葉雅紀「猫と言えば伊野尾だろう」おかげで風間俊介とマブダチに???




日本テレビ「天才!志村どうぶつ園」のレギュラー、
嵐の相葉雅紀さんとHey!Say!JUMPの伊野尾慧さん。
番組での共演をキッカケに二人の仲は急接近。
番組収録の後には食事に行ったりと、
とても仲が良さそうです。


先日、相葉雅紀さんは俳優の風間俊介さんを自宅に招いて、
すきやきを食べている時でした。

風間さんが猫嫌いのボクサーを演じた映画『猫なんかよんでもこない。』の話をきっかけに
二人は猫の話題で盛りあがったそうです。

このDVDを見ようと思い立った相葉さんはひらめきました!!
相葉さんは「猫と言えば伊野尾だろう」といきなり「猫のテレビ見るから伊野尾も来い」と電話で呼び出しました!

『猫なんかよんでもこない。』けど『伊野尾くんはよんだら来る?』

わけもわからないまま相葉さんの家を訪れた伊野尾さんは風間さんと再会を果たしました。

小学5年でジャニーズ事務所に入った伊野尾さんは、風間さんがジャニーズJr.の中心メンバーとして活躍していた頃にバックで踊っていた間柄です。

「僕が入った時は、風間くんはバリバリ踊ったり歌ったりしてました。僕は数少ないアイドル時代の風間くんを知っている後輩です」と密かに自慢する伊野尾さん。

久しぶりの再会…
大先輩、風間さんを前に少し緊張する伊野尾さん。。。。。

三人は『猫なんかよんでもこない。』のDVDを見はじめました。

すると、眠くなった相葉さん、始まってすぐに寝てしまったそうです。
しかもベットで本気の睡眠。


残された伊野尾慧さんと風間俊介さん………

主のいないリビングでの2人…

久しぶりに大先輩に会った伊野尾さんは、
この2人きりの時間に気まずさを感じながらもドキドキしていたそうです。

後日、風間さんは、「グラスあいたとして、何飲む?って聞いてもうちんちじゃない。先輩だからとってこようと思うけど。謎の一夜だったよねあれ。」と振り返りました。

でも、この出来事をきっかけに二人はマブダチ?になったそうですよ!!!めでたし!めでたし!


posted by hanseesaa at 11:57| Comment(0) | TrackBack(0) | Hey!Say!JUMP! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月13日

木村拓哉、蜷川幸雄さんに暴言!「みっともねぇぞ、そこのオジサン!」その真相は?!




2016年元旦に放送された、ジャニー喜多川社長と演出家・蜷川幸雄さんの対談ラジオ番組『蜷川幸雄のクロスオーバートーク』

蜷川さんとジャニーズ事務所との交流は深く、
蜷川さんは20年ほど前から舞台に出す俳優をジャニーさんに紹介してもらっていたそうです。

まだCDデビュー前だったジャニーズ事務所タレント・SMAPの木村拓哉さん
1989年に、唐十郎氏脚本で、蜷川さんが演出を手がけた舞台「盲導犬」に出演しました。

木村さんにとって本格的な芝居は初めてとなった作品で、ベテラン俳優と同じ扱いで厳しい演技指導を受けていました。

蜷川さんが当時の木村拓哉さんとのエピソードを語りました。

「木村拓哉はね、真夜中に僕、六本木の交差点を一人で渡ってたんですよ。そしたらさ『みっともねぇぞ、そこのオジサン!』って(笑)。ふと見たら木村くんが手を振って『夜中、男が一人で歩くんじゃねえよ!』って怒鳴って、悔しい思いをしました」

それを聞いたジャニー喜多川社長は「『お前も一人じゃねえか』って言えばいいじゃない」と蜷川さんに言いながら苦笑…
といっても、その木村さんの生意気さが二人にとってなぜか憎めない感じでした。

後日、木村拓哉さんはこの「そこのオジサン」の一件について
自身のラジオ番組で真相を語ってくれました。 

それは、厳しい蜷川幸雄さんの稽古を終えた後のことだったそうです。
当時、木村さんの稽古中のお芝居「盲導犬」新宿駅のコインロッカーが物語のキーとなっているお話。

「稽古が終わって、ボロボロになって。なんとか前に歩いているぐらいの精神状態で家に帰る時に、リアルな新宿のコインロッカーの前を歩く時に、もう一度気持ち悪くなって(笑)。そういう時間を過ごした後に、六本木の交差点で蜷川さんを見つけたから、たぶん言ったんじゃないですかね。『コノヤロー!』と思って(笑)。たぶんそうじゃないかな」

…………………だそうです。

それでも蜷川さんに出会ってなければ今の木村拓哉はなかったと述懐。
「たぶん、ジャニーさんが、ジャニーが“蜷川幸雄”という人に、自分が出会わせてもらえてなかったら、たぶんやってないと思うし、今いないと思う。ナメてたから」



2016年5月12日、蜷川幸雄さんの訃報に際し、木村さんは
「驚きと同時に物凄く悔しいです。自分が今あるのも、当時右も左も分からなかった自分に『人から拍手して貰える厳しさと素晴らしさ』を教えて頂けたからだと思います」と感謝した。「少し前に『俺がポシャる前にもう一度一緒にやろうぜ!』って言って貰った事が、今頭から離れません」と蜷川幸雄さんを悼みました。

若かりし日の、少し生意気な木村拓哉さん厳しさの中にも愛情あふれる蜷川幸雄さんの素敵なエピソードですね。


posted by hanseesaa at 13:18| Comment(0) | TrackBack(0) | SMAP | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする